完全回遊マニュアルの由来

ブログ名の由来について、少し書いてみる。

僕は人間関係リセット症候群という疾患の発症者でもあるのだが、人と安定した関係性を築くことが苦手だ。

 

多分、アセクシュアルとリスロマンティックというセクシュアリティも関係している。
恋愛関係のみならずあらゆる他者に好かれれば、期待や好意を向けられればその人の前から逃亡したくなってしまう。

とにかく「誰かにとっての何者か」であることが耐えられないのだ。

死滅回遊について

そんな僕が「死滅回遊」という言葉を知ったのは、確か高校生のときだった。
世界中の様々な魚の生態が紹介された美しい図鑑に、その特別な言葉は書かれていたのだ。

 

死滅回遊。
海流に乘って見知らぬ海域へと辿り着き、着いたはいいものの水質に適応できず命を落とすこと。
どうにもこうにも集団になじむことができずにいた僕にとって、死滅回遊はまるで自分のことのように思えた。

 

そこから時はゆき、27歳のときに読んだ本にはこんなことが書かれていた。

ノマド型の生き方は、二つの意味で面白い。ひとつは、定期的に集団生活を起こることだ。集団生活を行うので、理解が深まる。自分の足跡も残る。集団の中で行動をするため、周りをある種活性化させる。

もうひとつは、そういった環境からあえて別れを選ぶ所だ。次の旅に出ていって、今度は旅先で、また同じような形で新しい文化に染まっていく。

すなわち、ノマド型人生とは、自分の持っている良さを行った先に移植しつつ、自分もそこから新しい良さを吸収し、一回り大きくなって次に行く、そういう人生だ。

引用元:コンサルを超える 問題解決と価値創造の全技法 /名和高司

 

僕が高校生のときに自分を重ね合わせた「死滅回遊」と名和氏の言う「ノマド型人生」はとてもよく似通っている。

でも決定的に違うのは、前者が「回遊」を環境になじめないが故の悲しい末路としているのに対し、後者は積極的でポジティブな生き方として提示している点だ。

 

自ら選び場所も人も渡り歩いていく選択的回遊人生。
まさに「完全回遊」だ。

過去について

僕は今までの人生の大部分において、常に呼吸を失っていたように思う。

子供のころは教師や友達が喋っていることが比喩ではなく外国語のように聞こえていて、取りつかれたように大量の本を読むことで自分の小さな世界を癒した。

 

両親はふたりとも過干渉な人で、人間不全だった僕はおおむね愛されなかった。
青春時代を表すには「死にたい」というひと言で事足りる。

僕の精神は、回遊するより前にとっくに死滅していたのだ。

 

それでも今ここに生きて存在している。

それはつまり、コミュニティや人を渡り歩き(つまりは回遊し)常に新しい自分を新しく生まれ変わらせながら、そして時には自分が触媒となって行き先の水質を変えながら生きる方法を覚えたということ。

 

のたうち回っていたので決して美談で語れる話でもないが、「どう生くべきか」という問いを僕は自分自身に突きつけ続け、そして自分にとって最善の水を見つけ出すことから逃げなかった。

職業も人も場所もコミュニティも、大怪我しながら散々渡り歩いた。

完全回遊マニュアル


このブログのタイトルは、死滅回遊ではなく完全回遊だ。

環境に翻弄されて滅びていくのではなく、変わっていく時間や周りの景色に対し自らが変化することで、あるいは自らの力で周りを変革しながら、生きやすい水を勝ち得ていく。

 

それを「完全回遊」と呼んでこのブログのタイトルおよびメインテーマに置きたい。

あとマニュアルとしたのは完全自殺マニュアルのパロディです。

ABOUTこの記事をかいた人

某ベンチャー企業で働くライター。リスロマンティック、アセクシュアルを自認。非血縁家族、曖昧なセクシュアリティに関心あり。あらゆる概念や思想を言語化したい。